熱くないと思えば熱くない
これが幼少時の私を最も苦しめた言葉であり、かつ、今の私の考え方の原点ともなっている言葉です
子供の頃、わが家でも父方の祖父母の家でも、
お風呂がどんなに熱いといっても決してお水を足してはくれませんでした
さあ、入れ、今入れ。
熱くないと思えば熱くない。
片足突っ込んで様子を見ますが、明らかに子供の柔肌の限界を超えています
しかし、だれも許してはくれません
無理して肩まで浸かるが、それこそまるで拷問です
隣で親が動いてちょっとでもお湯が揺れるともう飛び上がりそうになるほどぎりぎりな温度
熱いといって逆らえど、熱くないと思えば熱くない!の一点張り
んなこといったって熱いものは熱いんです。
そんな訳で、泣いたり叫んだり、毎回お風呂は恐怖でした。
ところが或る日面白いことが起こりました
夕暮れ時、一人で自転車に乗っている時、もんどりうって物凄い転び方をしました
気が付けば膝小僧がぱっくりです
あっと思う間もなく見る間に真っ赤な血が滲み出し、すねを伝います
痛いなんてもんじゃありません
こんな時に、襲ってくるのは痛みじゃなくて、むしろ恐怖なんですよね
もうどうしようもなくて、手放しで泣き喚きました
しかし幾ら泣いても誰も助けに来てくれません
そんな時、自分が無意識に何をしていたか?
泣きながら『痛くない、痛くない、痛くない』と叫んでいました
わらにも縋る思いで、いつも親に言われている例の奴を、呪文のように唱えていたんです
すると不思議なことに、痛みが引きます
血まみれの足でびっこを引きながら、ものすごい形相で唸るように痛くないと唱えながら自転車を押す幼児
我ながら凄い絵ですが、あの時ほど真剣に集中して唱えた時は後にも先にもありません
なぜならやめるとまたジンジン痛くなってくるのですから
まあそんなわけで、その後お風呂で泣くことはなくなりました
{イメージで確実に自分をコントロールすることが出来る}
それを教えてくれてたのか。
と言う事に気が付いたのはおばあちゃんが無くなってからですが。