ああしようと考えていること、こうしたいと思っていること。
頭の中はいつも山盛りなのに、なんとなく置き去りになったまま毎日が過ぎてゆく…
そんな風に感じていらっしゃる方に、ぜひお読みいただきたいと思います。
昔、ある作家はこう言いました。
{自分の頭の中にあるうちは、どんな話も世界一の名作だ}
素晴らしいアイデアもプランも現実のものとする事ができて初めて、その価値が生まれると言うことを皮肉った言葉ですね。
ところで実際に何か新しいことや面白いことを始めようとする時、また、今を改善しようとする時に必要な物って、一体なんなのでしょう?
案外些細なことだったりするのですが、人間はまず‘これ‘がないと動き出さない生き物です。逆に自分でも気が付かないうちに‘これ‘によって動かされていたりしますね。 それは、モチベーション(動機付け)
例えば私で行くと、幼い頃、親に熱いお風呂を薄めてもらえなかったという余り嬉しくない実体験が、ヒトの脳裏に描かれるイメージと人体の不思議なつながりについての興味に繋がり、今の自分が形成されています。
まったく、幸か不幸か、無駄の無い人生です。
(因みに未来について言うと、、死ぬまでに絶対に宇宙へ行く!という強い願望が、現在生きる上での‘それ‘になっています!!!)
まあ事の大小に関わらず、皆それぞれ何かお持ちだとは思いますが、
時には ‘それ‘ を見失ってしまったり、
何か新しく行動を起こしたいのにお尻を押してくれる程のきっかけがなかなか出てこなかったりしますよね?
このきっかけがぽんとでてくる人と、そうでないヒトの違いは、確かにあります。
例えば子供のころ、何をしよう!とか何になろう!とか、簡単に決めませんでしたか?
子供は考え方がとてもがクリアです。
出来ないかもしれない、だなんてみみっちい考え方とは無縁です。
当たって砕ける。これが彼らのやり方。
勿論 私たちも皆、そうして生きて来たはずです。
ところが大人になるにつれ、この繰り返しは私達のこころに少しづつ余計なお土産を置いてゆきます。
同じ失敗を繰り返すまい、もう恥はかくまい、もう損はしたくない——–こんな風に、砕けた心の破片が少しずつ澱のように溜まってゆくと、事の大小に関わらず、人は無意識のうちに、最初の一歩を踏み出しにくくなります。
リスクヘッジだとか、学習能力だとか、もっともらしい小理屈をこねて、あなたのおりこうな脳みそは勝手に負け試合をしない道を選びはじめるのです。
勿論生きてゆくうえで、学習能力は大事です。この計算ができるからこそ、人は人として現在も進化し続けています。問題はこの学習能力のためのサンプルとして保存される負のイメージは、必要以上に過保護に私達をケアしてしまうと言うこと。
ちょっと考えて見ましょう。もしも道を歩いていて、突然物凄く大きな音で犬に吠えられたら、一瞬体全体がビクッと萎縮しますよね?その時点で、もう、次に起こりうる万が一の事態に備えて、体中が警戒モードです。
そして、さらにその犬が噛み付いてきたら。。。
後日、もうその道にあの犬は居ないと分かっていても、そこを通る度に、なんとなく嫌な気持ちになりませんか?その道は通らなくなったり、場合によっては、犬全部を嫌いになってしまったり。
ちょっと乱暴な例ですが、これが俗に言うトラウマのからくりです。
大きなものは、自覚もはっきりとあり、その後自分で解決するチャンスも多いですが、やっかいなのは、自覚の無いまま心に積もった細かいチリの方です。それらは確実に、私達の目を曇らせ、好奇心や、 夢、という素晴らしい‘やる気‘をそぎ、明日から、だとか、どうせ、だとか、高望みしても、だとか、様々な理由をせっせと生産しながら、私達の足を地味に 引っ張り続けるのです。
ヒーリングフレグランスのセッションでは、まずこのおせっかいなシステムをリセットすることから始めます。
あなたの望みを叶えるために。
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イガラシニナ